捕卒は別れ別れになって室の中へ入った。荒れ崩れて陰々として見える室の中には、人の足音を聞いて逃げる鼠の姿があるばかりで、どこにも人の影はなかった。別れていた捕卒はいつの間にかいっしょになって、最後の奥まった離屋《はなれ》に往った。そこは一段高い室になって、一人の色の白い女が坐っていた。着物の赤や青の綺麗な色彩が見えた。その女は牀《こしかけ》の上に坐っているらしかった。捕卒は不審しながら進んで往った。
「われわれは、府庁《やくしょ》からまいった者だが、その方は何者だ、白氏なら韓大爺《かんたいや》の牌票《はいひょう》がある、その方が許宣にやった銀のことに就いて尋ねることがあるから、いっしょに伴れて往く」
 女はじっと顔をあげたが、何も言わなければ驚いた容子もなかった。
「あのおちつきすましたところは、曲者だ、捉えろ」
 捕卒は一斉に走りかかって往った。と、同時に雷のような一大音響がした。捕卒はびっくりしてそこへ立ち縮んだ。そして、気が注いて女の方を見た。女の姿はもう見えなかった。捕卒は逃がしてはならないと思って、今度は腹を定めて室の内へ飛びこんで往った。女の姿は依然として見えなかったが、牀
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