、お一つさしあげます」
「いや、そんなことをしていただいてはすみません、これで失礼いたします」
「何もありません、まあお一つ、そうおっしゃらずに」
 許宣は気のどくだと思ったが女の傍にいたくもあった。彼はまた坐って数杯の酒を飲んだ。
「これで失礼いたします、もうだいぶん遅くなったようですから」
 許宣は遅くなったことに気が注いたので、思い切って帰ろうとした。
「もうお止めいたしますまいか、あまり何もありませんから、それでは、もう、ちょっとお待ちを願います。昨日拝借したお傘を、家の者が知らずに転貸《またがし》をいたしましたから、すぐ取ってまいります、お手間は取らせませんから」
 許宣はすぐ今日もらって往くよりは、置いていく方がまたここへ来る口実があっていいと思った。
「なに、傘はそんなに急ぎませんよ、また明日でも取りにあがりますから、今日でなくってもいいのです」
「では、明日、私の方からお宅へまでお届けいたしますから」
「いや、私があがります、店の方も隙ですから」
「では、お遊びにいらしてくださいまし、私は毎日相手がなくて困っておりますから」
「それでは明日でもあがります、どうも御馳走に
前へ 次へ
全50ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング