、お一つさしあげます」
「いや、そんなことをしていただいてはすみません、これで失礼いたします」
「何もありません、まあお一つ、そうおっしゃらずに」
許宣は気のどくだと思ったが女の傍にいたくもあった。彼はまた坐って数杯の酒を飲んだ。
「これで失礼いたします、もうだいぶん遅くなったようですから」
許宣は遅くなったことに気が注いたので、思い切って帰ろうとした。
「もうお止めいたしますまいか、あまり何もありませんから、それでは、もう、ちょっとお待ちを願います。昨日拝借したお傘を、家の者が知らずに転貸《またがし》をいたしましたから、すぐ取ってまいります、お手間は取らせませんから」
許宣はすぐ今日もらって往くよりは、置いていく方がまたここへ来る口実があっていいと思った。
「なに、傘はそんなに急ぎませんよ、また明日でも取りにあがりますから、今日でなくってもいいのです」
「では、明日、私の方からお宅へまでお届けいたしますから」
「いや、私があがります、店の方も隙ですから」
「では、お遊びにいらしてくださいまし、私は毎日相手がなくて困っておりますから」
「それでは明日でもあがります、どうも御馳走になりました」
許宣は白娘子に別れ、小婢に門口まで見送られて帰ってきたが、心はやはり白娘子の傍にいるようで、自分で自分を意識することができなかった。そして、翌日舗に出ていても仕事をする気になれないので、また口実を設けて外へ出て、そのまま双茶坊の白娘子の家へ往った。
許宣の往く時間を知って待ちかねていたかのように小婢が出てきた。
「ようこそ、さあどうかお入りくださいまし、今、奥様とお噂いたしておったところでございます」
「今日は傘だけいただいて帰ります。傘をください、ここで失礼します」
許宣はそう言ったものの早く帰りたくはなかった。彼は白娘子が出てきてくれればいいと思っていた。
「まあ、そうおっしゃらずに、ちょっとお入りくださいまし」
小婢はそう言ってから内へ入って往った。許宣は小婢が白娘子を呼びに往ったことを知ったので嬉しかった。彼は白娘子の声が聞えはしないかと思って耳を傾けた。
人の気配がして小婢が引返してきた。小婢の後から白娘子の顔が見えた。
「さあ、どうぞ、お入りくださいまし、もしかすると、今日いらしてくださるかも判らないと思って、朝からお待ちしておりました」
「今日はも
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