うここで失礼します、毎日お邪魔をしてはすみませんから」
「私の方は、毎日遊んでおりますから、お客さんがいらしてくださると、ほんとに嬉しゅうございますわ、お急ぎでなけりゃ、お入りくださいましよ」
「私もべつに用事はありませんが、毎日お邪魔をしてはすみませんから」
「御用がなけりゃ、どうかお入りくださいまし、さあ、どうか」
 許宣はきまりわるい思いをせずに、白娘子に随いて昨日の室へ往くことができた。室へ入って白娘子と向き合って坐ったところで、小婢がもう酒と肴を持ってきた。
「もうどうぞ、一本の破傘のために、毎日そんなことをしていただいては、すみません、今日はすぐ帰りますから、傘が返っているならいただきます」
 許宣はなんぼなんでも一本の傘のことで、二日も御馳走になることはできないと思った。
「まあ、どうか、何もありませんが、召しあがってくださいまし、お話ししたいこともございますから」
 白娘子はそう言って心持ち顔をあからめた。それは夢に見た白娘子の艶かしい顔であった。許宣は卓の上に眼を落した。
「さあ、おあがりくださいまし、私もいただきます」
 白娘子の声に随いて許宣は盃を口のふちへ持っていったが、何を飲んでいるか判らなかった。許宣はそうして自分の顔のほてりを感じた。
「さあ、どうぞ」
 許宣は白娘子の言うなりに盃を手にしていたが、ふと気が注くとひどく長座したように思いだした。
「何かお話が、……あまり長居をしましたから」
「お話ししたいことがありますわ、では、もう一杯いただいてくださいまし、それでないと申しあげにくうございますから」
 白娘子はそう言って許宣の眼に自分の眼を持ってきた。それは白いぬめぬめする輝きを持った眼であった。許宣はきまりがわるいので盃を持ってそれをまぎらした。同時に香気そのもののような女の体が来て、許宣の体によりかかった。
「神の前でお話しすることですから、決して冗談じゃありませんから、本気になって聞いてくださいまし、私は主人を没くして、独りでこうしておりますが、なにかにつけて不自由ですし、どうかしなくちゃならないと思っていたところで、あなたとお近づきになりました、私はあなたにお願いして、ここの主人になっていただきたいと思いますが」
 貧しい孤児の前に夢のような幸福が降って湧いた。許宣は喜びに体がふるえるようであったが、しかし、貧しい自分の身を顧
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