、酒と肉を出すがいい、二人の男は、碁に夢中になってるから、手当りしだいに酒を呑み、肉も食うだろう、そして、盃の酒が空になったら、後から後からと注《つ》ぐがいい、もしその男が気がついて、なにか言っても、黙ってお辞儀をしていればいい、決して声を出してはならん、そうするなら、お前の生命《いのち》は、きっと延ばしてくれる」
 少年は旅人の言うとおりにして酒と肉を持って桑の木の下へ往った。旅人の言ったとおりずんぐり肥った二人の男が碁を囲んでいた。
 少年はそっとそのそばへ往って二つの盃へ酒を入れ、それに添えて鹿の肉の切ったのを置いた。二人の男は一生懸命になって碁盤の上を見つめていたが、無意識にその手が盃のほうにゆくとそれを取りあげて飲んだ。盃の合間には鹿の肉をとって口にした。酒がなくなると少年はそれを満たした。
 そのうちに碁の勝負が終った。北側に坐っていた方の男が顔をあげたが、少年を見つけると怒鳴った。
「たれだ、そこでなにをしているのだ」
 少年は黙ってお辞儀をした。南側に坐っている男が言った。
「この少年は、生命を延ばしてもらおうと思って、酒と鹿の肉を持ってきて二人に御馳走しているのだ」

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