ざいます」
「お前さんの忰であったか、困ったものだな」
「どうぞ、忰が長生いたしますように、一生のお願いでございます」
「人の生命は天が掌っているところだから、わしの手ではどうにもならんが」
旅人は考えこんだがいい考えが浮んだと見えて、
「よし、それでは、他にしようがないから、ひと徳利の酒と、鹿の乾肉をかまえて置くがいい、卯の日にきっと往って、方法をしてやるから」
「ひと徳利の酒と、鹿の乾肉、承知いたしました、すぐかまえて置きますから、どうか忰が長生ができますような、方法をとってくださいますように」
「卯の日にはきっと往ってやる、かまえをして待ってるがいい」
父親は喜んで旅人に別れ、少年と家へ帰るなり、旅人の言いつけどおり、酒をかまえ鹿の乾肉をつくって待っていた。
二三日すると約束の卯の日がきた。趙顔と趙顔の父親は不思議な旅人の来るのを待っていた。おやつ時分になって果して旅人がやってきた。旅人は酒と鹿の肉を見てから言った。
「お前は、この酒と肉を持って、この間、麦を割っていた処から南にあたる、大きな桑の木の根本へ往くがいい、そこに二人の男がいて碁を打っている、その側へそっと坐って、酒と肉を出すがいい、二人の男は、碁に夢中になってるから、手当りしだいに酒を呑み、肉も食うだろう、そして、盃の酒が空になったら、後から後からと注《つ》ぐがいい、もしその男が気がついて、なにか言っても、黙ってお辞儀をしていればいい、決して声を出してはならん、そうするなら、お前の生命《いのち》は、きっと延ばしてくれる」
少年は旅人の言うとおりにして酒と肉を持って桑の木の下へ往った。旅人の言ったとおりずんぐり肥った二人の男が碁を囲んでいた。
少年はそっとそのそばへ往って二つの盃へ酒を入れ、それに添えて鹿の肉の切ったのを置いた。二人の男は一生懸命になって碁盤の上を見つめていたが、無意識にその手が盃のほうにゆくとそれを取りあげて飲んだ。盃の合間には鹿の肉をとって口にした。酒がなくなると少年はそれを満たした。
そのうちに碁の勝負が終った。北側に坐っていた方の男が顔をあげたが、少年を見つけると怒鳴った。
「たれだ、そこでなにをしているのだ」
少年は黙ってお辞儀をした。南側に坐っている男が言った。
「この少年は、生命を延ばしてもらおうと思って、酒と鹿の肉を持ってきて二人に御馳走しているのだ」
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