北斗と南斗星
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)趙顔《ちょうがん》
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趙顔《ちょうがん》という少年が南陽の平原で麦の実を割っていると、一人の旅人がとおりかかった。旅人は管輅《かんらく》という未来と過去の判る人であった。その旅人は少年の顔を見て、
「お前さんは、なんという名だ、気の毒なことだ」
と言った。少年は気になるので麦を割ることを止めて訊いた。
「なにが気の毒ですか、私は趙顔というのですが」
「そうかな、お前さんは、二十歳《はたち》を過ぎないで、早世《わかじに》をするよ」
少年はおどろいて旅人の前へ往って地べたへ顔をすりつけた。
「早世することを知っていらっしゃるなら、長生することも御存じでしょう、どうか教えてください」
「人の生命は、天が掌《つかさど》ってるから、わしの力では、どうすることもできない」
旅人はこういってからずんずんとむこうの方へ歩いて往った。少年は自個《じぶん》一人の力ではどうにもならないので、父親に話して、父親から頼んでもらおうと思った。走ってすぐ近くにある自個の家へ帰り、父親の姿を見るなりあわただしく言った。
「お父さん、大変なことが出来ました、今、不思議な旅人が来て、私を見て、二十歳にならないで早世すると言いました、私は早世することが判るなら、長生することもできるだろうから、教えてくれと言ってたのみましたけれど、生命のことは、天が掌ってるから、わしにはどうにもできないと言って、往ってしまいましたが、あれは、ただの人でないと思います。お父さんが一緒に往って、頼んでください、きっとあの人は、長生することを教えてくれると思います」
父親も驚いた。
「そうか、そいつは大変だ、一緒に往って、頼んでみよう」
二人は厩へ往って馬を引出し、親子で乗りながら旅人の往った方へ向けて走らした。支那(中国)の里程で十里位も往ったところで、かの旅人の姿を見つけた。旅人に近くなると父親は馬から飛びおり、旅人の前へ往って地べたへ額をすりつけてお辞儀をした。
「今、忰から聞きますと、あなた様が、忰が早世するとおっしゃってくださいましたそうでございますが、天にも地にも一人しかない忰に先だたれましては、この世になんの望みもなくなります、どうかあなた様のお力で、忰の早世を逃れるようにしてくださいますまいか、お願いでご
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