耳に微《かすか》な音が入って来た。井戸の口のあたりで風でも吹いているようなどうどうと云う音であった。大塚はまた眼を開けて井戸の口の方を見た。
一掴みばかりの枝屑がぱらぱらと落ちて来た。大塚は顔を伏せてその塵を眼に入れまいとした。枝屑は首筋にも当って落ちた。大塚はまた眼を開けた。一匹の獣が井戸の上を飛び越えた。その影がかすかに入口に射している日の光に綾をした。二三枚の枯葉がまたちらちらと落ちて来た。
(初めのはたしかに猿であったが、今のは何であろう)
大塚はこう思いながらちょっとまた眼をつむって考えた。
(ついすると、猿の千匹伴が、集まって来ているかもわからん、薩摩藷でも執りに来ているだろうが、何しろ猿では助けてもらうことはできんのじゃ)
大塚はもう自殺するより他に道が無いと決心した。決心したもののなるだけなら犬死はしたくなかった。彼の心の底の方には何かしら己《じぶん》の危難に陥入っているのを知って助けに来てくれる者があるような気がして、刀に手をかけるまでにはゆかなかった。
(何人《だれ》か来そうだぞ、何人か助けに来るような気がするぞ)
彼はこんな気もちでまた上の方に眼をやった。
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