とで命を支えられるはずのものでない、こうなるのも前世の約束ごとだろう、しかたがない、井戸の中で餓死に死ぬるは武士の恥じゃ、思い切って切腹しよう、餓死にすることは、武士の恥じゃ)
大塚は肩にしていた銃をおろし、土に背をもたし腕組みして考え込んだ。
(ここで俺がこのまま切腹したとしたなら、家の女房や、小供はどうなるだろう)
彼はもう自殺をするものとして死後のことに就いて考えていた。考えているうちに何か不意に注意を促されたものがあった。彼は顔をあげて井戸の口の方を見た。井戸の口に赤い顔が見えた。
(何人《たれ》か覗いておるぞ、人が来てくれたか、人が)
赤い顔の周囲《まわり》には白い毛並があった。茶色の二つの眼が光っていた。それは猿であるらしい。
(猿じゃ、人間なら引きあげて貰えるが、猿じゃしかたがない)
大塚はがっかりしたように云った。覗いていた赤い顔がきゃっきゃっと二三回声をたてたかと思うと、もう見えなくなってしまった。
(人間の真似ができると云っても、やっぱり猿は畜生じゃ)
大塚はまた腕を組んで考え込んだ。彼はまた己《じぶん》の死後のことをそれからそれへと考えていた。その大塚の
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