綱のようなものが一尺ほど井戸の口からさがっていた。
(不思議なものが見えて来たぞ、何だろう、何人《だれ》かおるだろうか)
綱のようなものは三尺近くもさがって来た。
(たしかに綱じゃ、何人か俺が落ちたことを知って、助けてくれるために、綱を垂れているのだろうか、さがる、さがる、さがって来た)
綱のようなものはもう五六尺もさがって来た。それは藤葛のような大きな葛であった。葛はもう一丈以上も下へさがって来た。
(それでは、初めに猿と思った赤い顔は、猿でなしに、このあたりの人であったのか、これで俺は助かった)
大塚は穴の上の方を喜びに満ちた眼で見あげた。赤い顔がまた覗いている。それはさっきの顔であったが、赤い眼鼻の周囲《まわり》に白い毛の生えた大猿の顔であった。
(たしかに猿じゃ、人間ではない、では、猿がこんなことをしてくれているだろうか、そう云えば、さっき井戸の上を飛び渡った獣は、どうも猿らしかった、では猿の群が俺のここに落ちたことを知って、助けてくれようとしているのか)
藤葛はもう二丈余りもさがって大塚の頭へ届きそうになって来た。
(猿でもかまわん、助けてくれるなら、助けてもらおう、
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