て、やっと正気になって家へ帰ってみると、落したのか財布が無くなっていた。
白い衣服《きもの》を着て長い大きな舌を出している幽霊の噂はますます評判になった。日々餅を売りに往っている男があって、ある晩遅くなって隣村から帰っていた。月の明るい晩であったが、餅屋はその比評判の幽霊の噂を思いだして、恐る恐る歩いていた。
小さな雑木の生えた丘に来た。その丘の上には畠があって大根のような物が見えていた。餅屋はその丘をあがりつめて畠の隅にある肥料小屋《のぜっちん》の傍まで往ったところで、不意に眼の前へ白い衣服を着た物が跳んで来て、襟元にその手をかけた。見ると長い舌がだらりと垂れていた。餅屋は風呂敷に入れて首にくくりつけていた餅箱といっしょにつくばって気が遠くなった。
暫くしてやっと気がつきかけた餅屋が顫えながら見ると、白い衣《きもの》を着た幽霊がその傍に蹲んで己《じぶん》の餅箱らしい箱を前に置いて何かむしゃむしゃと喫っていた。餅屋は動いて声を立てたならどんな目に逢わされるかも判らないと思ったので、呼吸《いき》もしないようにしてそっと見ていた。幽霊はその時手を餅箱の中に入れて、中から一つの餅を引っ
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