ちらと見えた。小商人は村の壮い男が女とでも待ち合してでもいるのだろうと思って、別に気にもとめずにその前へ往った。
 と、白いものがするすると動いて眼の前へ来た。白い浴衣でも着たような人の姿が見えたので、ふとその顔を見ると、小さな顔の下顎をかくすように大きな舌がだらりと垂れていた。小商人はびっくりして後の方へ逃げようとする拍子にばったり倒れたがそのまま気絶してしまった。そして、暫くして小商人は気が注《つ》いたので夢中になって家へ帰ってみると、首から緒をまわして懐にしっかり入れていた財布が落ちたのか無くなっていた。
 その商人《あきんど》の噂もそのうちに伝わって来た。町の女小供は恐れてますます夜歩きをしなくなった。小商人の噂があってから十日ばかりしてのこと、馬方の一人が米屋から頼まれて馬で米を持って往き、その帰途《かえりみち》に酒を飲んで夜遅く帰って裏町を通っていると、すぐ傍の竹垣の処から白い衣服を着た物がひらひらと出て来て、隻手でその胸倉を掴んだ。馬方がびっくりして見ると、その顔から長い大きな舌がだらりと垂れていた。
 馬方は腰を抜かして馬の手綱を持ったなり其処へつくばってしまった。そし
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