親のことを思いだして、それを伴《つ》れていっしょに往こうと思って表座敷へ往った。
「お父さん、起きておりますか」
伯父さんが襖を開ける音に眼を覚していた父親は返事をした。
「ああ、伯父さんですか」
「ああ、私ですが、みょうなことがありますから、すこし起きてくれませんか」
「起きましょう、どんなことでございます」
「また来たようです」
「あの芳三でございますか」
父親は起きあがって蒲団の上に蹲んだようであった。
「そうですよ、また裏門の戸を叩きます、私も往きますから、お父さんもいっしょに往ってくれますか」
「往きましょう」
父親は起きあがって伯父さんの前に立った。
「それはすみません」
伯父さんが前《さき》にたって歩くと父親は後から踉いて来た。二人は暗い中を庖厨《かって》の方へ往って其処から裏口へ出たが、二人はもう黙りあって何も云わなかった。気のせいかその晩はわけて暗いように思われた。
戸を叩く音が聞えた。
「何か用かね、何人《だれ》だね」
伯父さんは恐ろしそうにかすれた声で云った。
「私でございます」
微な顫え声が聞えて来た。やはりそれは芳三の声であった。
「芳三か、何か
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