ていたが、庭前に咲いた萩の花が美しいので、見るともなしに見ていると、近くの旅館から来た散歩客とでも云うような来客があった。それは三十二三の男と三十七八の女であったが、男は大島の着流しでステッキを突き、女は錦紗《きんしゃ》づくめの服装をしていた。
「早朝から恐縮ですが、住持様《じゅうじさん》は、もうお眼覚めでしょうか」
 男は其のくだけた服装にも似ず、態度や詞《ことば》つきが丁寧であった。名音はこんなに早くては住持様が迷惑するだろうと思ったが、男の態度に好感が持てたので、住持に取りついだ。住持は名音を信用しているので、すぐ二人を客間へ通した。二人は兄弟で女は男の姉であったが、家庭の事情で尼になりたいと云うのであった。
「一口に尼になりたいとおっしゃっても、それは容易なことではありませんからな」
 住持は痛ましそうに女の方を見た。其の時まで何も云わずに俯向《うつむ》いていた女が、初めて顔をあげて住持を見た。
「それはよく存じておりますが、私は尼になるよりほかに、救われる道がございません。どんな苦行でも難行でもいたします、どうかお弟子にしてくださいませ」
 女の弟はそれに続けて云った。
「私
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