んじん》から本司に上申してきたから、府君に呈したが、もう天庭に奏文して、寿《いのち》を三紀《みまわり》延べて、禄を万鐘賜うた」
「―村の―氏は、姑《しゅうとめ》に孝行で、その夫が外へ往っていて、姑が重い病気に罹《かか》り、医巫《いふ》も効がないので、斎戒沐浴《さいかいもくよく》して天に祈り、願わくば身をもって代りたいといって、股《もも》を割いて進めたから、病気が癒った、で、さっき天符がさがって、―氏の孝行が天地に通じて、誠を鬼神に格《いた》したから、貴人になる児《こども》を二人生まして、皆君の禄を食《は》んで、家の名をあげ、終《つい》に大夫の命婦としてこれに報いるということになったので、府君が本司にくだして、今|已《すで》に之を福籍《ふくせき》に著《あら》わした」
「―姓―官は、爵位が崇《たっと》く、俸禄が厚いに係わらず、国に報ぜんことを思わないで、惟《た》だ貪饕《たんこう》を務めて、鈔金《しょうきん》三百錠を受け、法を枉《ま》げて裁判をし、銀五百両を取って、理を非に枉げて良民を害したから、府君が上界に奏して、罪を加えようとしておるが、彼は先世に陰徳があって、姑《しばら》く不義の富貴を享けておることになっておるから、数年の時間を貸して、滅族の禍に罹らしめることにして、今、もう命を奉って、悪簿《あくぼ》に記したところだ」
「―郷―は、田が数十|頃《けい》あるが、貪縦《たんじゅう》で厭《あ》くことがなく、しきりに隣接地を自分の物にしているが、その手段が甚だよくない、ひとりぽっちで援《たす》けのない者を欺いて、賤《やす》く買い、中にはその定価を払わないで、相手を忿《おこ》らして死なしておる者もあるので、冥府から本司に知らしてきて、捉えて獄に入れたが、もう已に牛となって、隣の家に生れて、その負うところを弁償さしておる」
 判官達の詞《ことば》が終った。発跡司の判官は眉を動かし、目を瞠って嘆声を漏らしながら言った。
「諸君はそれぞれ職を守って、善を賞し、悪を罰して、それが実に至れり尽せりというべきであるが、しかし、天地の運行には数があり、生霊の厄会には期がある、元の国統が漸く衰えてきて、大難が将《まさ》に作《な》ろうとしている、諸君が善く理《おさ》めるといっても、これはどうすることもできない」
 判官の二三はいっしょに聞いた。
「それはどうしたことだ」
「吾《わし》が今度、府君に従うて、天帝の許へ朝した時、聖者達が数年の後に戦乱が起って、巨河《きょか》の南、長江の北で、人民が三十余万殺戮せられるということを話しあっていたが、この時になっては、自ら善を積み、仁を累《かさ》ね、忠孝純至の者でないかぎり、とても免れることはできない、まして普通一般の人民では天の佑《たすけ》が寡《すくな》いから、この塗炭《とたん》に当ることがどうしてできよう、しかし、これは運数が已に定まっているから、これを逃れることはできないが、諸君はどう思う」
 判官達は顔を蹙《しか》めて、顔を見合わしたが、
「それは吾々の知ったことじゃない」
「それは判らない」
「吾々はそんなことは知らない」
 などと口々に言って外へ出たが、どこかへ往ってしまった。
 友仁は案の下から匍匐《ほふく》して出て、拝《おじぎ》をしてから言った。
「私は宵からまいりまして、自分の将来のことをお願いしておきましたが、私は将来どういうようになりましょう」
 発跡司の判官はじっと友仁の顔を見ていたが、やがて側にいた小役人を呼んで帳簿を持ってこさして、それを自分で開け、ちょっと考えてから言った。
「君は大いに福禄《ふくろく》がくる、もうそう長いこと貧乏しなくてもいい、これから日に日によくなってくる」
 友仁は喜んだ。しかし、もすこしはっきりしたことが聞きたかった。
「お言葉をかえしてはすみませんが、日に日によくなると申しますと、どういうようによくなりましょう、もすこし精《くわ》しいことをお聞かせくださいますことはできますまいか」
「そうか、では、精《くわ》しいことを知らしてやろう」
 主神は朱筆を持って傍の紙へ書いて、それをさし出したので、友仁は恐る恐る受け取った。それには大字で『日に偶うて康《やす》く、月に偶うて発し、雲に遇うて衰え、雷に遇うて没す』と書いてあった。友仁はそれもはっきりとは判らないが、あまり聞くもわるいと思ったので、それを懐へ入れて前をさがり、廟門の外へ出た。
 外はもう夜が明けていた。友仁はさっきの書付をもう一度見ようと思って、懐に手をやったがどうしたのかなくなっていた。

 友仁は家へ帰って、妻子に発跡司の判官の讖言《しんげん》のことを話して喜んでいた。
 間もなく都の豪家の傅日英《ふじつえい》という者が、子弟を訓《おし》えてくれと言って頼みに来た。そこで友仁は日英の家へ移って、月俸
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