昔のことは知らないだろうが、彼の邸では、昔こんなこともあったよ――」
 旅僧は用人の聞いている昔主家に起った事件をはじめとして、近|比《ごろ》の事件まで手に執るようにくわしく話しだした。用人は驚いて開いた口が塞がらなかった。
「どうだね、お前さん、思いあたることがあるかね」
 旅僧はにやりと嘲笑を浮べながら煙草の吹殻を掌にころがして、煙管に新らしい煙草を詰めてそれを吸いつけ、
「寸分もちがっていないだろう、それでもちがうかね」
「よくあってます」
 用人は煙草の火の消えたのも忘れていた。
「あってるかね、そりゃあってるよ、毎日邸で見てるからね」
 用人は頭を傾げて旅僧が如何なる者であるかを考えようとした。
「私が判るかね」
 旅僧は嘲笑いを続けている。
「判りません、どうした方です」
「私《わし》は貧乏神だよ」
「え」
「三代前から――の邸にいる貧乏神だよ」
「え」
「私《わし》がいたために、病人ができる、借金はできる、長い間苦しんだが、やっと、その数が竭《つ》きて私は他へ移ることになったから、これから、お前さんの主人の運も開けて、借金も返される」
 話のうちに草加の宿は通り過ぎたが、
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