かし待てよ、此奴はなにかためにするところがあって、主家の名を騙《かた》っているかも判らない、一つぎゅうと云う眼に逢わして置かないと、どんなことをして主家へ迷惑をかけるかも判らないと心で嘲笑って、その顔をじろりと見た。
「――の邸、おかしなことを聞くもんだね」
「何かありますかな」
 旅僧は澄まして云って用人の顔を見返した。
「ありますとも、私はその邸の者だが、お前さんに見覚えがないからね」
 用人は嘲ってその驚く顔を見ようとしたが旅僧は平気であった。
「見覚えがないかも判らないよ」
「おっと、待ってもらおうか、私は其処の用人だから、毎日詰めていない日はないが、この私が知らない人が、その邸にいる理《わけ》がないよ、きっと邸の名前がちがっているのだろう」
 用人はまた嘲笑った。
「ところが違わない」
「違わないことがあるものか、ちがわないと云うなら、お前さんは、邸の名を騙る売僧じゃ」
 用人は憤りだした。
「それはお前さんが私《わし》を知らないから、そう云うのだ、私は三代前から彼《あ》の邸にいるよ、彼の邸は何時も病人だらけで、先代二人は夭折《わかじに》している、おまえさんは譜代でないから、
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