見なれている翁の面の為作の顔があった。
「その女子には、俺が話したいことがある、邪魔をすると只ではおかんぞ」
「それは此方から云うことじゃ、この女子は俺の家の嫁じゃ、俺の家の嫁をどうしようと云うのじゃ、この無法者」
 為作の手にした枴はまた閃いた。林田はちょと身をかわすなり、その手元につけ入って枴を奪いとってふりかぶった。その林田の眼の前にその時、不意に恐ろしいものが閃いた。それは薙刀を二つ組みあわせたような紫色を帯びた大蟹の鋏であった。林田は驚いて枴を投げ捨てて後へ退った。大蟹の鋏は其処にもあった。
「わッ」
 林田は眼を押えて逃げて往った。為作とお勝は暴漢が逃げてくれたので安心して帰って来た。
「彼の無法者の逃げた容《さま》がおかしいじゃないか」
「眼を押えて逃げたのですが、どうかしたのでしょうか」
「枴の端《さき》でもあたったろうよ」
「そうでしょうか」
「そうとも、罰じゃよ」

       四

 翌朝になって為作は、女一人の夜歩きは物騒だから時刻を見はからって迎えに往くと云うことにしてお勝を出し、その後で源吉の守をしながら他家《よそ》から頼まれてある雨戸をこしらえていた。

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