秀がそれとなしに云った。
「戻りとうても戻れんじゃろう、遊びに往ちょるじゃないから」
「そうじゃ、のうし」
秀も後へ続ける詞がなかった。二人は手持ぶさたになったので帰って往った。為作は舌打ちした。
「野良犬どもの対手に、飼っている嫁じゃないぞ、何をうろうろしに来る」
源吉は腹這いになっていた。
「もうお母も戻って来る、もうすこし起きておるがええ」
為作は飯にしていた。と、女の叫び声が聞えて来た。為作は箸をぴたり止めた。
「はてな」と、云って耳を傾けた為作の耳へまた女の叫び声が聞えて来た。「ありゃあ、嫁の声じゃ、畜生、源吉は家におれ、外へ出ちゃいかんぞ」
為作はそう云い云い起ちあがるなり土間へおりて、壁へ立てかけてあった枴《おうこ》を持って戸外《そと》へ出た。源吉はびっくりして起きあがり室《へや》の中をうろうろ歩いた。
三
お勝は月の下で背の高い一本の短い刀を差した暴漢に帯の端を掴まれていた。お勝は牧野の家を出て帰りかけたところで、月が明るいので近路をして草原の中を通って来ると、其処の松の陰にその暴漢が待っていた。
小格子ではあるがお職も張って、男あつかい
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