出て来てくださるとも」
「そう」
為作の家は麦畑の間を芦垣で仕切った小家であったが、それでも掘立小屋と違って、床の高い雨戸もきちんと締るようになった家であった。為作は源吉を囲炉裏の傍へ坐らして、自在鉤にかけてある鍋の中から夕飯を盛って喫《く》わした。為作は徳利の酒を注いで飲みだした。囲炉裏の火はちらちらと燃えて、為作の翁の面のような顔を浮きあがらした。
「さあ、うんと喫わんといかんぞ、うんと喫って大きくなってくれ、お前は何になる」
「あたいは侍になるのだ」
「ほう、侍になるのか、侍になって扶持を頂戴するなら、こんな旨いことはないが、侍はまかり間ちがえば、腹を切らにゃいかんが、腹が切れるか」
「切れるよ、腹なら」
「そうか、そいつは豪《えら》い、人は心がけ一つじゃ、侍でも、学者でも、お坊さんでも、神主でも、やろうと思や何でもできる、神主と云えば、牧野の旦那は豪い神主じゃ、お前のお母は慧《りこう》で、気が注《つ》くから、牧野さんで眼をかけてくだされる」
「おっ母は何時戻る」
「もう、おっつけ戻るぞ、夕飯を牧野の旦那が召しあがったら、戻って来る、牧野の旦那は豪い方じゃ、お前に云うても判らん
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