るようにしていた小供が、獅子鼻に向って云った。
「放生の湖《うみ》には、川の幅が狭って、海へ出られん亀の主がおるよ」
獅子鼻は何でも知っているぞと云うような得意な顔をした。
「そんな話じゃないよ」
松の浮根に乗っている小供が獅子鼻を押えつけるように云ったので、獅子鼻は面白くなかった。
「それなら、どんな話じゃ」
「ある人が、夏、放生の湖《うみ》へ舟を乗りだして、寝ておると、何時の間にか己《じぶん》が魚になって、湖の中で泳いでおる、どうして魚になったろうと思いよると、そこへ他の魚が来て、海の神様が来たから、お前も同伴《いっしょ》に往けと云うから、同伴に踉いて歩きながら己を見ると、己は黄色な大きな鮒になっておる、どうも不思議でたまらんから、理由《わけ》を聞きたいと思うたが、聞くこともできんから、そのまま踉いて往くと、大きな大きな龍宮のような御殿があって、王様のような者がおって、皆の魚がその両脇に並んでおるから、己も其処へ往って坐っておると、黒い素袍を着た大きな大きな魚が王様の前へ出て来た、傍の者に聞くと、あれは赤兄《あかえ》公じゃと云うてくれた。その赤兄公が王様に、私は王様の処へ往きたいが、体が大きくて川の口が出られませんと云うと、王様は、それは承知で、お前を此処へおいてあるが、この比《ごろ》聞くと、村の人達が、湖《うみ》の泥をあげて田を作ろうとすると、お前が亀に云いつけて、その人を喫い殺さすそうじゃ、不都合じゃ、その罰に毒蛇に云いつけて、鱗の中へ鉄虱をわかして苦しめてやると云うと、赤兄公は、それは違うております、村の人達が湖の泥を採ると、泥の中に住んでおる鼈《すっぽん》が、子や孫を殺されますから、困って村の人を威して、泥を採ることを止めさせようとすると、村の人は泳ぎが下手でございますから、溺れて死にますと云うと、王様は鼈を呼び出して、赤兄公が云うことが真実《ほんとう》かと聞いた、鼈はそのとおりでございますが、困ったことには、村の人が亀が人をとるからには、亀を退治しなくてはならんと云うております、もし私達が逃げますと、亀と蛇とはいっしょだからと云うて、城址の桑の木に住んでおる蛇を焚《や》き殺します、それを、もう、蛇が知って、毎晩泣いております、どうか蛇も殺されず、私達の子や孫も殺されないようにしてくだされ、と云うと、王様が、それでは村の人達に云いつけて、湖《うみ》の
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