起した。
「どうした、どうした」
 女房は身を慄わして逃げようと悶掻《もが》いた。益之助は抱きすくめて離さなかった。
「どうした、どうした、夢を見たのか、夢を見たのか」
 女房はやっと気が注《つ》いて恐ろしそうにして益之助の顔を見た。
 朝になって起きあがろうとした女房の枕頭に、白木の鞘に入れた短刀があった。奇怪なその短刀は直ぐ小松家の仏壇に置かれた。

 その朝藩庁に宿直していた役人の許へ御宝蔵の番人が来た。番人は昨夜御宝蔵へ盗賊が入って小谷の持物であった短刀を盗んで逃げたが、その後姿は小松益之助殿にそっくりであったと云った。それがために益之助が朝飯を喫っていると詮議の者が突然来た。益之助は彼の短刀の我家に来た筋道を明かにすることができなかった。彼は女房を殺した後で己《じぶん》も自殺してしまった。



底本:「日本の怪談」河出文庫、河出書房新社
   1985(昭和60)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年
入力:大野晋
校正:地田尚
2000年5月30日公開
2000年6月1日修正
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