かされても笑っていた。彼は女房と二人暮しであった。
 二十日ばかりしても別に変ったこともなかった。
「臆病者どもが、何を見て怖がったろう」
 某《ある》夜益之助は寝床へ入ってから、女房にこんなことを云って臆病な世間の人の噂を嘲笑った。と、がたりと云う大きな音が表庭の方でした。竹束か何かを投《ほう》りだしたような音であった。風にものの落ちた音でもないし、また猫や犬の入って来てものに突き当った音でもなかった。
「なんだろう」
 益之助は枕頭の刀架に掛けてある長い刀を執って、縁側に出て雨戸を開けた。微曇《うすぐもり》のした空に宵月が出てぼんやりした光が庭にあった。庭の中程と思う処へ十本ばかりの物干竿が転がっていた。それは家の西側の簷下《のきした》に何時も掛けてあるものであった。たしかに何人《たれ》かが其処から持って来たものである。益之助は不思議に思った。そして、急に大きな声で笑いながら雨戸を閉めて奥の間へ引返した。
「なにかありましたか」
 女房が聞いた。
「なんでもないよ、物干竿が庭の中へ集まって来ている、何人かが持って来たろう」
 益之助は嘲笑いながら寝床へ入った。
「おかしいではありま
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