うになった。
 やがて袁氏は二人の男の子を生んだ。その小供は至って怜悧で、二十歳《はたち》にならないうちから能《よ》く家事を治めた。その時分になって、孫恪は仕官の口が見つかったので、唐の都の長安に赴任する事となり、一家を挙げて出発したが、瑞州《ずいしゅう》という処へかかると、袁氏は孫恪に向って、
「瑞州の決山寺《けつざんじ》という寺に親しい僧がある、東西に別れてから数十年にもなるから、是非逢ってゆきたい」
 と、言って決山寺へ往き、住持の老僧に逢ったが、老僧は袁氏を知らない。袁氏はまた懐から碧玉《へきぎょく》の環飾《わかざり》を出して老僧の前へ置いて、
「これは、この寺の旧物である」
 と、言ったが老僧にはその意味も解らなかった。
 その時、庭前《にわさき》の樹木へ数十疋の猿が来て啼きだした。それを見ると袁氏は非常に哀しいような顔をしはじめた。そして、筆を借りてそこの壁に詩を題し、終ると傍にいる二人の小供を抱き締めるようにしてさめざめと泣いていたが、やがて孫恪の方を向いて、
「これから永のお別れをします」
 と言って、着ていた着物を引裂いて投げ出したのを見ると、赭顔円目《しゃがんえんも
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