士に命じて家の外を衛らし、妻には十余人の侍女をつけて奥深い処に置いてあった。最初の晩は別に何事もなかったが、翌晩は烈しい風が吹き荒れた。夜半《よなか》になって皆が疲れて睡ったところで、妻と枕を並べて寝ていた※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は、うなされて眼が開いたので、妻の方を見るともう妻の姿が見えない。驚いて起きあがったが、戸締《とじまり》も宵のままになっているに係わらず、どこへ往ったのか見えない。戸外《そと》へ出て探そうにも、家の前はすぐ深山になっていて不用意には探せない。朝になるのを待ちかねて探したが、手がかりになる物も見当らなかった。
※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は最愛の妻を失った事であるから大いに怒り悲しんで、
「女を得なければ帰らない」
と心に誓い、朝廷の方へは病気という事にして兵を留め、日《にち》々付近の山谷の間を探し歩いた。そして月を越えたところで、妻の履いていた韈《くつ》を一つ拾った。それは駐屯地から支那の里程で百里ばかり往った処であった。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はそこで三十人の精兵を選んで、糧食を余分に用意してまた深山に分
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