美女を盗む鬼神
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)梁《りょう》の武帝

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)美酒《びしゅ》一|斛《こく》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)欧陽※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]《おうようこつ》
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 梁《りょう》の武帝の大同の末年、欧陽※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]《おうようこつ》という武人が、南方に出征して長楽という処に至り、その地方の匪乱《ひらん》か何かを平定して、山間嶮岨《さんかんけんそ》の地へ入った。その※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は陣中に妻を携えていたが、その女は色が白く顔が美しかった。するとその地方の人が、
「君は何故美女を携えてここへ来た、ここには鬼神があって、美女と見れば必ず盗むので、往来の者でこの難に罹《かか》る事がある、君も能《よ》く守るがいい」
 と言った。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はまさかと思って疑ったが、それでも軍士に命じて家の外を衛らし、妻には十余人の侍女をつけて奥深い処に置いてあった。最初の晩は別に何事もなかったが、翌晩は烈しい風が吹き荒れた。夜半《よなか》になって皆が疲れて睡ったところで、妻と枕を並べて寝ていた※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は、うなされて眼が開いたので、妻の方を見るともう妻の姿が見えない。驚いて起きあがったが、戸締《とじまり》も宵のままになっているに係わらず、どこへ往ったのか見えない。戸外《そと》へ出て探そうにも、家の前はすぐ深山になっていて不用意には探せない。朝になるのを待ちかねて探したが、手がかりになる物も見当らなかった。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は最愛の妻を失った事であるから大いに怒り悲しんで、
「女を得なければ帰らない」
 と心に誓い、朝廷の方へは病気という事にして兵を留め、日《にち》々付近の山谷の間を探し歩いた。そして月を越えたところで、妻の履いていた韈《くつ》を一つ拾った。それは駐屯地から支那の里程で百里ばかり往った処であった。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はそこで三十人の精兵を選んで、糧食を余分に用意してまた深山に分
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