け入ったが、十日の後に二百里外の土地へ往った。
 そこには南方に当って半天に鑚《そそ》り立った高山があった。その山の麓には谷川が滔々《とうとう》と流れていた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の一行は巌角《いわかど》を伝い、樹の根に縋って、山の中へ入ったが、往っているうちに、女の笑い戯れる声がした。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は恠《あやし》みながらその声をしるべにしてあがって往くと、大きな洞門があって、その前の花の咲き乱れた木の下で、数十人の美女が蝶の舞うように歌い戯れていた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の一行が往くと女らは別に驚きもせず、
「何しにここへ来た」
 と言った。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]がその訳を話すと、
「その婦《おんな》ならここに来て三月になるが、今は病に罹って寝ている」
 と言って、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]を誘《いざの》うて中へ入った。
 病床にいた妻は※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の顔を一眼見ると、手を振って、
「ここへ来ては危険だ、早く出て往け」
 と言った。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]を誘《いざな》うてきた美女達は、
「妾《わたし》らも君の妻と同じく、鬼神のために奪われてきたもので、久しい者は十年にもなる、この鬼神は能く人を殺すが、百人の者が剣を持って一斉にかかっても勝つことができない、今は他行中であるから帰らないうちに早く往くがよい、もし鬼神を斃そうと思えば、美酒《びしゅ》一|斛《こく》、犬十頭、麻数十斤を用意してくるがよい、そして、重ねてくる時は、午後にくるがよい、それも、今日から十日という事にして約束しよう」
 と言った。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は悦《よろこ》んで山をおり、その約束の日を違《たが》えないように、一切の物を用意して鬼神の棲家《すみか》へ往った。美女の一人はそれを見て戸外《そと》へ出てきて、
「鬼神は酒を好み、酔うと、五色の練絹《ねりぎぬ》を以て手足を床に縛らし、一度に躍りあがると、絹は皆切れる、もし、その絹を三|幅《はば》合せて縛ると切れない、今、絹の中に麻を入れて縄にして縛ると、どんな事があっても切れる事がない、そして、鬼神の体は鉄のように固いが、ただ臍《ほぞ》の下五六寸の処を、彼が常に覆いかくすのを見
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