ると、そこから刃《やいば》が通るらしい」
 と言い、また傍の巨巌を指して、
「これは鬼神の食物を斂《おさ》める処である、酒を花の下に置き、犬をそこここの樹下に繋いでから、時刻のくるまでここに隠れているがよい」
 と教えた。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はその言葉に従い、酒を置き、犬を繋いで巌の陰に隠れて待っていると、申《さる》の刻になって白練団《びゃくれんだん》のような者がどこからともなく飛んできて、洞門の中へ入った。そして、暫くすると鬚のある綺麗な男が白絹の衣服を著、片手に杖を曳き、美女達を伴《つ》れて出てきたが、犬を見つけると、片っ端から躍りかかって引裂いて旨そうに喫《く》った。犬を喫ってしまうと、美女達は花の下に置いてある酒を取りあげて我さきにと勧めた。男は歓んでそれを飲んでいたが、六七升ばかりも飲むと非常に酔ってきた。美女達はその手を取って洞《ほらあな》の中へ入ったが、歓び笑う声が一頻《ひとしき》り聞えてきた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は巌の陰で合図のあるのを待っていた。と、美女の一人が出てきて、
「早く早く」
 と言って招いた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は軍士を率いて洞の中へ突進した。四足を床に縛られた大きな白猿が、敵と見て起きあがろうとしたが、練絹の中に麻縄があるので、引切る事ができないで、眼を電光のように怒らして悶掻《もが》いた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の軍士は競いかかって刀を当てたが、巌鉄のようで刃が通らない。そこで※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は美女の言った事を思いだしてその臍下を刺した。鬼神は、
「これは天が我を滅したものだ、汝らの力の及ぶところでない」
 と言い、また、
「汝が妻は既に姙んでいるから、その子を殺さないで置け、必ず賢王に遇うて家を起す」
 と言い畢《おわ》って死んだ。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はそこで軍士に命じて、鬼神の掠奪してきた財宝を収め、美女の数を検べてみると美女は三十人いた。美女達は鬼神の事を細ごまと話して、
「鬼神に奪われてきた女の中で、色の衰えた者は、いつの間にかいなくなった、鬼神は毎朝、手を洗い、帽子を被り、白い衣の上にやはり白い羅《うすもの》の衣被《うわぎ》を著て、古文字のような物を書いた木簡《もっかん》を読んだ、読み
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