怪しい老女の姿はもう庭に見えなかった。男の子はそのまま病気になってしまった。不思議な病気であるから久武の邸では、寺から僧を招んで来て祈祷をしてもらった。僧は小供の枕頭に坐って小声でお経を唱えていた。
 小供は急に起きあがって座敷の中を走りだした。
「悪人を生け置いてたまるか、悪人は生け置かんぞ」
 そして、また引っくり返って手足をびくびくと動かしだした。僧は一生懸命になってお経を唱えた。僧の顔には汗が出ていた。
「悪人を生け置いてたまるか、悪人は生け置かんぞ」
 小供はまたこう叫びながら、体を悶掻《もが》いて畳の上を転げ廻った。
「悪人を生け置いてたまるか、悪人は生け置かんぞ」
 その夜の明け方になって、小供は座敷のうちを狂い廻っているうちに、ばったり倒れたがそのまま死んでしまった。
 残忍な内蔵助もこれには恐れてしまった。彼は物の怪を払わすために、他の寺からも数人の僧侶を招んで来て祈祷をさした。男の子が死んでから七日目の晩になった。僧侶は仏壇の前で祈祷をしていた。内蔵助とその妻は次の部屋で亡くなった男の子の話をしていた。妻の眼には涙があった。その隣には総領の小供のいる部屋があった
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