麓にあった。家の前には一条の路が通じていた。その路をやって来た五人の姿は、もう次郎兵衛の眼に注《つ》いた。五人が玄関口ヘかかると次郎兵衛が両刀を差して出て来た。
「ただいま承るに、左京之進殿には、お腹を召されたとのことでござるが、左京之進殿は元親公の甥婿でござらぬか、この勝賀野がおったなら、やみやみと腹を切らせまいに、返す返すも残念なことをしたものじゃ、其処許達は、定めてこの次郎兵衛を打ちに参ったでござろうが、まあまあ、遠い処を参られたから、粥でもふるまい申そうか」
 次郎兵衛はこう云って嘲笑った。
「いや元親公の仰には、左京之進殿ことは、悪逆があったから切腹さしたが、勝賀野次郎兵衛にお構いなく、所領安堵である、ただ左京之進殿の城後《しろあと》を受取り来れとのことでござる」
 勝行はこう云って次郎兵衛に安心さして、その隙に乗じようとした。
「元親公がそんなことを云われたか、凡そ君辱めらるれば臣死す、禄を食《は》む者が、主を殺させて安閑と生きながらえることができると思われるか、元親公は無下《なげ》に愚かな人じゃ、飴で小供を釣るような申されようじゃ」
 次郎兵衛は肩を揺って笑った。笑いながら体に隙を見せなかった。
 勝行等は隙を待っていた。双方の間は殺気立っていた。次郎兵衛は静に大刀を抜いて前へさしだした。
「これは、進士太郎国光の作でござる、これを抜き合すと、方々が幾人かかって来ても手には覚えん」
 と云って、にっと笑って鞘に収めた。そして、また脇差を抜いて、それをまた前へだした。
「これは奥州月山と云う名工の鍛えた吹毛でござる、これを抜き合すと、方々の五人や十人は胴斬りにできるのじゃ」
 次郎兵衛はこう云って、またその脇差を鞘に収めた。そして、まだ二三寸鯉口が残っておるところで、塩見野弥惣が、
「御意」と云って斬りかけた。
「なんの、うぬが」
 次郎兵衛は抜き打ちに塩見野が乳の下へ斬り付けて二段に胴斬りにし、返す刀で野中源兵衛を斬り倒した。そして玄関から庭前《にわさき》へ飛びおりた。勝行と北代の二人は、次郎兵衛を追って往って庭前で斬り結んだ。
 北代四郎右衛門が庭木の根に躓いてよろよろとした。次郎兵衛の刀はその腰のつがいに当った。四郎右衛門は倒れた。
「甥の讐《かたき》」
 市右衛門は畳かけて斬り込んだ。しかし次郎兵衛の手許へは寄れなかった。市右衛門は思いついたこと
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