奴だと思ったが、悪人であるだけに気にもかけなかった。
「じゃ、まあいい、御馳走をしよう、酒でも飲んで往くがいい」
大きな盃へ酒を注いで出さすと、黄いろな服の男はやはり黙って飲んだ。飲んでから羊の炙肉《あぶりにく》の方を見て欲しそうに眼を放さない。張はそれを見るとたくさん切ってやった。黄いろな服の男は旨そうに喫《く》った。しかし、それでもまだもの足りなさそうな顔をしている。張は好奇心を起して、大きな餅を十四五出さして前へ置いてやった。黄いろな服の男はそれもぺろりと喫ってしまった。酒を入れてやるに従ってぐいぐい飲んだ。そして、やっと腹が一ぱいになるとはじめて詞《ことば》を出した。
「私は人ではありません、新たに死ぬる人の名を記入した簿書《ちょうめん》を持って、使に往く者でございます」
張はますます好奇心に駆られた。
「では、それを見せてくれないか」
と言うと、黄いろな服の男は袋から軸になった物を出した。張が取って見ると、「泰山主者《たいざんしゅしゃ》、金天府《こんてんぷ》に牒す」と書き、その三行目に、「財を貪り、殺を好む前《さき》の徳化県の令張某」としてあった。泰山主者は東岳泰山《と
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