を張り肩を怒らして四辺《あたり》を見まわした。諸役人は急に門を締《し》めて杖を持ってさわぎだした。樵人はそこで自分で頸《くび》を突いて死んだ。皆がいり乱れて集まって来て見た。中に識っている者があって樵夫は田七郎だといった。邑宰は胸の鼓動が収まったので、始めて出て七郎を験《しら》べた。七郎は血の中に倒れていたが手にはまだ刀を握っていた。邑宰は足を止めて精しく見ていた。と、七郎の尸《しがい》が不意に起きあがって、邑宰の首を斬ったが、それが終るとまた※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《たお》れた。
 捕卒が七郎の母親をつかまえにいった。いってみると逃げうせて数日経っていた。武は七郎の死んだことを聞いて、かけつけて泣き悲しんだ。皆武が七郎にさしたことだといった。武はありたけの財産を以て当路の大官に賄賂を送って、はじめて免がれることができた。七郎の尸は三十日も野に棄てて、鳥や犬がそれを看視していた。武はそれを取って厚く葬った。
 七郎の子は登《とう》に漂泊《ひょうはく》していって、姓を※[#「にんべん+冬」、第3水準1−14−17]《とう》と変えていたが、兵卒から身を起し、軍
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