ありがたいことだ、ありがたいことだ」
「もったいない、もったいない、なむあみだぶ、なむあみだぶ」
 皆婆さんの周囲《まわり》に集まって来て、門跡様のお手のかかっていたあたりへ、我も我もとその手を当てだしました。婆さんは迷惑して身をかわそうとしましたが、周囲《まわり》の人はだんだん多くなってきました。すると一人の壮《わか》い男が、婆さんの髪の毛を二三本指に撮《つま》んで抜き執りました。婆さんは痛いので頭を抱えて逃げようとしましたが、人が一ぱいで身動きができません、そのうちまた一人の老人が、壮い男がしたように一|撮《つま》みの髪を撮んで引き抜きました。他にも一人二人、また髪の毛に指をかけました。婆さんはもう泣き声を立てはじめましたが、信心に夢中になっておる人の耳へは入りません。婆さんの髷はこわれました。婆さんを囲んだ者は、もう我れがちに婆さんの髪の毛に指をかけて抜きました。
「助けてくれ、助けてくれ」
 婆さんは手を揮って悶掻きましたが、何人《だれ》もそれに耳をかす者はありません。皆門跡様のお手の触ったありがたい毛を抜き執ろうと、一生懸命になって婆さんに武者ぶりつきました。
 婆さんはもう
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