》でも、其のお顔では」
「え、私の顔がどうかなって」
「可哀そうに、何も知らずに服《の》んだ彼《あ》の薬は、血の道の妙薬どころか、まあ、これを見なさるがよい」
宅悦は櫛畳《くしたとう》から鏡を出した。お岩は急いで鏡に手をかけて己《じぶん》の顔を映したが、己の顔とは思われないので後《うしろ》を見た。
「何人《たれ》ぞ後に」後には何人《たれ》もいなかった。「こりゃ、わしかいの、ほんまにわしの顔かいの」
お岩は身をふるわせて泣きだした。宅悦は真箇《ほんと》のことを云わなくてはならなかった。
「いやがるわたしをおどしつけて、みだらなことをさしたのも、今夜喜兵衛の孫娘と内祝言《ないしゅうげん》をするために、おまえさまを追いださなくては、つごうがわるいからでござりますよ」
お岩はこれを聞くと狂人のようになった。
「もう此のうえは、死ぬより他はない」きっとなって、「息のあるうちに喜兵衛殿に礼を云う、鉄漿《かね》の道具をそろえておくれ、早う、早う」
宅悦はふるえていた。
「産後のおまえさまが、鉄漿をつけては」
「大事ない、早う、早う」
宅悦はお岩が狂人のようになっているので、何とかして止めよ
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