ね、それはいい、お前さんのくるのを待っていたところだよ」
 そこで老婆は一杯の茶をもらって、それを飲んでから秀英の繍房《へや》へ往った。秀英はその時楼の欄干に靠《もた》れてうっとりとしていた。それは昨日見た若い秀才の顔を浮べているところであった。
「お嬢さん、今日は」
 老婆が声をかけると秀英はびっくりしたようにして振りかえった。
「ああ、お婆さんか、いらっしゃい、お婆さん、この比ちっともこないじゃないの、今日は何か佳いものがあって」
「今日は佳いものがございましたから、御覧に入れようと思って、持ってあがりました」
 老婆は卓の上へ包みを置いて、その中から金の梗《みき》で銀の枝をした一朶《いっぽん》の花簪児を執って秀英の頭へ持っていった。
「きっとお似合いになりますよ」
 そして黒いつやつやした髪に挿してから、
「ほんとによくお似合いになりますこと、いっそのこと、そのつむりで、御婚礼なされて、この年寄にお喜びの盃をいただかしてくださいましよ」
 秀英はにっと笑って老婆の顔を見た。と、そこへ女中の春嬌《しゅんきょう》が茶を持ってきた。老婆はそれをもらって飲みながら言った。
「このお茶より
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