、また晩方に来ますから」
 世高の話の中途から老婆は頻りにうなずきだしていた。
「そりゃ、ほんとでしょうね、お嬢さんが相公のことをほめたのは」
「ほんとですとも」
「ほんとならお嬢さんに言ってもいいのですが、いいかげんのことだったら、私が二度とお嬢さんにお眼にかかることができないのですからね」
「そりゃ大丈夫ですよ、どうかお嬢さんに取りついでください」
「では往ってあげてもいいが、こんなことは縁ですから、縁がなかったらできないことだと思ってくださいよ」
「縁がなければしかたがないですとも」
 世高は老婆と後刻を約して自分の家へ帰った。

 老婆の施十娘は、文世高からもらった銀子をしまい、午飯を喫《く》って、新しくできた花粉《おしろい》と珍しい花簪児《かんざし》を持って劉家へ往った。
 劉家では彼方此方していた夫人が、勝手口から入ってきた施十娘を見つけた。
「お婆さん、この比《ごろ》はちっともこないじゃないかね、どうしたのだね」
「あいかわらず、貧乏せわしいものですから、つい御無沙汰いたしました、今日は珍しい花簪児がまいりましたから、お嬢さんに御覧に入れようと思いまして」
「ああ、そうか
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