ろで、世高ははじめて気が注《つ》いた。気が注くとともにかの女と天縁があるかないかを知りたいと思いだした。彼は廟の中へ入って往って、香を焼《た》き、赤い蝋燭をあげて祷った。
 みるみる城隍神の像が生きた人のようになって、傍の判官に言いつけて婚姻簿《こんいんぼ》を持ってこさした。判官が言いつけどおり帳簿《ちょうめん》を持ってくると、城隍神はそれを見てから朱筆を取り、何か紙片に文字を書いて世高にくれた。世高は何を書いてあるだろうと思って、それに眼をやった。それには爾《なんじ》婚姻を問う、只|香勾《こうこう》を看よ、破鏡重ねて円《まどか》なり、悽惶好仇《せいこうこうきゅう》と書いてあった。
 世高がそれを読み終ったところで、判官の喝する声がした。世高はびっくりして眼を覚した。世高ははじめて自分が夢を見ていたということを悟ったが、それにしてもはっきり覚えている四句の讖文《しんぶん》は不思議であると思った。世高はそれから讖文の破鏡重ねて円なり、悽惶好仇という二句の意味を考えてみた。それは合うことが有って離れ、離れることが有って合うから、時のくるのを待たなくてはならないというように考えられた。
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