さんは、そのお嬢さんを知っているのですか」
「お隣ではあるし、平生《いつも》出入して、花粉《おしろい》などを買っていただくから、お嬢さんはよく知っておりますよ」
「そうですか」
世高はふとあまりせっかちに事をはこんではいけないと思いだした。で、女にはさして興味を感じていないようなふうをして、それから老婆に別れて帰ってきた。
世高は帰りながら女に接近するには、あの老婆に仲介を頼むより他に途がないと思った。それには女の手一つでやつやつしくくらしているから、すこし金をやれば骨をおってくれるだろう、仲介者さえあれば、女の方でも自分を知ってくれているから、僥倖が得られないものでもないと思った。彼はそう思いだす一方で、女が自分に向って発した詞を浮べていた。
(おや、綺麗な方だわ)
世高は昭慶寺の前の家へ帰ったが、女のことで頭がいっぱいになっていて、書籍《ほん》を見る気にもなれなかった。そして、夜になって榻《ねだい》の上に横になっても、女の白い顔がすぐ前にあるようで睡られなかった。
そのうちに、世高の体は自然とうごきだして、家の外へ出て城隍廟《じょうこうびょう》へ往った。城隍廟へ往ったとこ
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