っと通ずるようになったので、劉万戸は急に出発することになった。
世高は秀英といっしょに劉万戸に随いて上京しようとした。車に乗る時になって、劉万戸は秀英ばかりを乗せて、世高が乗ろうとすると遮った。
「お前のような者は、だめだ」
秀英は車の上から手を出して世高に取りついて泣いた。世高も決して離れまいとした。
「俺の家は、代々無位無官の者を婿にしたためしがない、女がほしいなら、読書して、高科にのぼるがいい」
劉万戸はこう言って世高を恥かしめてから車を出した。世高はそこに立って男泣きに泣いていたが、そのまま女と別れることができないので、その車の往った路と思われる路を通って、京師へのぼって往った。
劉万戸は大いに用いられて声勢赫奕《せいせいかくえき》というありさまであった。世高は京師へ往ったことは往ったが、秀英の傍に寄りつけないので、旅館に入って秀英に遇うことばかり考えていた。
そのうちに旅費もなくなってひどく困ってきた。それはもう歳の暮で、街には雪が降っていた。世高は何の目的《めあて》もなくその街をとぼとぼ歩いていると、前方《むこう》から一人の老婆が酒壷《さけどくり》を持ってきたが、擦れ違うひょうしに見るとそれは施十娘であった。世高が声をかけようとすると老婆もこっちを見た。そして、世高の顔を一眼見るや否や、恐ろしそうにして走りだした。そして、走りながら観世音菩薩を繰りかえし繰りかえし唱えた。
世高はすぐ老婆が自分を死んだものとして恐れているということを知ったので、後から追っかけて往った。
「施十娘、施十娘、私は世高だよ、私は生きているのだよ、恐れることはないよ、私は理由があって、生きているのだよ」
そのとたんに老婆は転んで酒壷を前へほうりだした。世高はその傍へ寄った。
「施十娘、私は生きかえっているのだよ、決して死んでいはしないよ、恐れることはないよ」
そう言って老婆を抱き起し、それから酒壷も拾ってやりながら、自分と秀英の蘇生したことを話した。
「私は、後の祟りが恐ろしいので、その晩、李夫と二人で逃げだして、此方に女が縁づいておりますから、それをたよってきて、世話になっておりますよ」
世高はそれから老婆に伴れられて、老婆の女《むすめ》の家へ往った。女の夫や女が出てきて、ほうりだして滴した酒壷の酒を温めてもてなしてくれた。
旅費に窮している世高は、そこで世話になって科挙《かきょ》に応ずることになり、読書に心をひそめていたが、やがてその日がきたので、試験に応じてみると及第して高科に擢《ぬき》んでられた。
一方劉万戸の方では、秀英を高位高官の者からもらいにくるので、そのつど婚姻をさせようとしたが、秀英が頑として応じない。しかたなしにそのままにしていたところで、文世高の名が聞えてきた。劉万戸は自分に明のなかったのをひそかに恥じていた。
世高はそこで施十娘を頼んで劉家へ再縁を言い入れた。劉家では喜んで承諾したので、すぐ婚姻の式をあげた。
世高は施十娘一家の者にも厚く報いて、親類として交際していたが、そのうちに世の中がますます乱れて、蘇州の家産も滅んでしまったので、夫婦で西湖へ帰って、劉家の旧宅に隠居して一生を終ったのであった。
底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
1970(昭和45)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年12月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全7ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング