判らないが、一体鍛冶の母とは何んだろう、鍛冶の母にでも化けている狼のことであろうか、それでは佐喜の浜は野根の磯続きの村であるから、佐喜の浜へ往けば判ることだろうと思った。「佐喜の浜の鍛冶の母」と、云う詞が耳にこびりついて消えなかった。

       二

 朝になって陽が高くなったところで、六七人|伴《づれ》の旅人が野根の方から来たので、飛脚は女と嬰児を頼んでむこうの村にやり、己《じぶん》は一人野根の方へおりて往った。飛脚の刀のために死んだ二十余疋の狼の死体が血に塗れてそのあたりに横たわっていた。
 そして、飛脚は午近くなって野根村へ往ったが、佐喜の浜の鍛冶の母のことが気になっているので、それの詮議をするつもりで、己の定宿にしている宿屋へ往って昼飯を喫い、宿の主翁《ていしゅ》に前夜の話を聞かしたが、鍛冶の母のことは云わなかった。
 飯がすむと飛脚は、宿の主翁にこれから佐喜の浜へ廻る用事があるが、
「佐喜の浜には鍛冶屋があるだろうか」と、云って聞いてみた。
「あります、あります、庄という鍛冶屋があります」と、主翁が云った。
「其処に老人《としより》がいると聞いておるが、達者だろうか」

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