がら吠え立てた。
狼は樹の幹に爪を立てながらあがって来た。ぎろぎろする両眼の光とともに灰白色の動物の頭が見えた。飛脚は隻手《かたて》に檜の小枝を掴み、隻手の刀を打ちおろした。狼は悲鳴をあげて下に落ちた。
続いて後からまた狼の眼が光りだした。飛脚の刀はまたその頭に触れた。その狼もまた悲鳴をあげて下に落ちた。飛脚が一呼吸《ひといき》つく間もなくつぎの狼がまた頭をだした。その狼も飛脚の刀を浴びて下に落ちた。それでも次の狼は懲りずに上へあがろうとした。
飛脚はかたっぱしから狼の頭を斬った。下に眼をやると樹の下は狼の眼の光で埋まるように見えた。狼の吠え狂う声が山一面に反響《こだま》をかえした。
五六十疋ばかりも斬ったところで、何処ともなく怪しい声がしだした。
「佐喜の浜の鍛冶《かぢ》の母を呼うで来い」「佐喜の浜の鍛冶の母……」
その声が止まると上へ上へあがっていた狼が樹から離れて、その周囲《まわり》を廻りだした。
飛脚は、狼が上へあがらないようになったので、刀を手にしたなり休んでいた。休みながら「佐喜の浜の鍛冶の母を呼うで来い」と、云った怪しい詞を思いだして、あれはなんのことだろうか
前へ
次へ
全12ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング