くして来たが、いよいよ別れなくてはならぬ日が来た。私がいなくなったら、もうあまり人に姿を見せてはならんぞ。それにどんなことがあっても、田畑などは荒さぬようにしろよ。さあ、もういいから帰れ」
庄造の言葉が終ると狸は悄然《しょうぜん》として出て往った。其の夜、庄造は親切な村人達に看《み》とられて息を引きとった。それは安永《あんえい》七年六月二十五日のことであった。
それから数日の後のことであった。一日の仕事を終った村人の一人が家路に急ぎながら、庄造の墓の傍近くに来かかった時、其の墓の前に、蹲っている女の姿が眼に注《つ》いた。其の女は美しい衣服《きもの》を着て手に一束の草花を持っていた。そして、よく見ると女は泣いているらしく、肩のあたりが微《かすか》に震えていた。それは此の附近ではついぞ見かけたことのない女であった。村人は何人《たれ》だろうと思って不審しながら其の傍へ往った。
「もし」
村人がこう云って声をかけた途端、其の女の姿は忽然と消えてしまった。そして、其の傍には女が手にしていた草花が落ちていた。村人達はそれを聞いて、それはきっと例の狸だったろうと云って、其の行為を殊勝がったが、
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