とは本当に懐かしい気がしますね。で、皆がその提灯を点けて来る人はどんな人だらうか、と云ふやうな好奇心を起して一歩一歩と近づいて来る提灯を待つてゐたんです。
「今頃、提燈を点けて、何所へ行くんだらう、」
「村の人だよ、お互のやうに、遅くまで飲んでて帰つてく所なんだよ、」
「停車場の近くの者だよ、海水浴場へ客の用事で行つてたもんだよ、それでなかつたら、海水浴場の宿屋の者が、停車場まで用足しに行くところなんだよ、」
 皆の気持がこんなことを話すやうに軽くなつたんです。その内に提灯はすぐ前に来ましたが、見ると学生風をしてゐるんです。よく見ると学生も学生も、僕達と同類の角帽ぢやありませんか、僕はなんでも好いから声をかけやうとすると提灯の光に知人の顔が見えるぢやありませんか。
「西森君ぢやないか、」
 と云ふと、
「おお、平山君か、」
 と云つて僕の顔を見るんです。
「今頃、何所へ行くんだ、」
 と聞くと、
「僕の家は、すぐこの先だ、今帰るところだが、君達の方こそ、ぜんたい、何所へ行くんだ、」
 と西森はかう云つてから僕達をはじめ傍に立つてゐる友人の顔を懐かしさうに見るんです、高等学校の時は時々往来してゐたんですが、大学へ這入つてから科が別でしたから遠くなつて、たまに途で顔を逢はせるくらゐでしたが何人にも悪い感じを持たれない男でした。友人から聞くと西森の家庭は複雑してゐてなんでも田舎ではかなりの財産家で、西森のお父さんになる人が其所の総領でその家を相続することになつてゐると、お父さんの弟になる人が商売気のある人で横浜方面で鉄の商売をやつたところが莫大な利益を得て一躍成金になつてしまつたところで、まだ財産を自分で持つてゐたお祖父さんが亡くなつたもんだから、弟の方では皆自分の財産にしてしまつて西森のお父さんは家と僅かな財産を相続することになつたので、それがためにお父さんはそれを口惜しがつてたうとう悶死するやうに死んでしまつたんです。そんなことで西森はよく学校を休んだと云ふことを聞いてゐたんです。
「僕達はこれから△△へ行くんだ、本郷で飲んでて、其所からずつとやつて来たところなんだ。」
 と僕が云ふと西森は微笑して、
「依然として元気だね、それにしても彼所へまでは大変だ、この提灯を持つて行きたまへ、」
 と云つて提灯をだしましたから提灯があるなら大変都合が好いと思つて僕は遠慮なくそれ
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