行く汽車があつたからそれに乗つて向ふに着いたのが十一時すこしまはつた時でした。其所からあの海岸へは三里くらゐあるんですね。宿屋は石垣と云ふ旅館で其所と心易い者があつたから、何時行つても好い室はないにしても一晩くらゐ都合をつけてくれるだらうと云ふやうなことで、停車場前でまたビールを一二本飲んでそれから歩いたんです。真暗に曇つた晩で海岸の方からすこし風が吹いてゐたが生温い気持の悪い風でした。それにビールを沢山飲んでゐるからすこし歩くと汗がだくだく出て困つたんです。あんな砂埃の立つ道でせう。それでやつとあの川の土手へ出た時には皆が疲れて、
「もう、此所で寝やうぢやないか、」
 と云つて土手の上に寝転ぶ者もあつたくらゐです。石の冷たい河原で寝ることは好いとしてちよつと休んでゐてさへ、沢山の蚊がぶんぶんやつて来る程だからとても寝ることは駄目です。で、
「駄目、駄目、こんな所に一時間もゐやうものなら、それこそ、蚊に喰い殺されるんだ、出発、出発、」
 と云ふ調子で出発したんです。小さな仮橋がありますね。あれを渡つて行くと川の向ふは松原で右の方は稲を植た田圃でせう。波の音に交つて蛙や蟲の声が聞えて急にしんとして来て汗の出るのも止つたんです。それに今まで盛んに喋り散らしてゐた者が喋ることを止めたものですから急にひつそりとなつて淋しくなつたんですよ。
「これから、順々に、皆がお得意のものをやらうぢやないか、」
 と云ふ者がありましたが僕を初め何人も歌はうとする者はないのです。
 さうして皆が黙つて思ひ思ひの心になつて歩いたもんですから、猶更淋しくなつて四人の駒下駄の砂に触れる音がサク、サクと聞えるばかしで、それがまた妙に四人の他に姿の見えない物があつて従いて来てゐるやうに感じたんです。もつともこの感じは後から僕のこしらへた感じかも判りませんがどうもそんな気がしたやうに思ふんです。
 その内に半里くらゐも行つたんでせうか、松原の松が飛び飛びになつて路の左側に砂山のある所がありますね月見草や昼顔が咲いてゐるさうですね、彼所へ行つたところで向ふの方に薄赤い火の光が見えるぢやありませんか。
「火が見えたね、」
「人家があるだらうか、」
「提灯ぢやないか、」
 皆がこんなことを云つたんですが近くなると提灯の火のやうです、そして此方の方へ動いて来るんです。さう云ふ淋しい場合に提灯の火を見ると云ふこ
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