を受け取つて、
「ぢや、貸してくれたまへ、何所へ返したら好いだらう、」
 と云ふと、
「向ふへ置いてくれれば好い、石垣だらうと思ふから、」
「さうだよ、石垣なんだ、」
「石垣へ置いててくれたまへ、失敬しよう、」
 と云つて西森はそのまま歩いて行つたので、僕はその提灯を持つて歩き出したが五六時間も行つたところで、山本であつたか千葉であつたか、
「おい、おい、おかしいぜ、」
 と、妙な冷たい声で云ふ者があるぢやありませんか。僕はその声を聞くとなんだか頭の中に妙な感じを起したので、
「なんだね、」
 と云ふと、
「おかしいぜ、西森は、先月あたり死んだぢやないかね、」
 と、顫ひを帯びた声が僕の耳に這入ると共に、先々月西森が発狂して自殺したと云ふ噂が頭に蘇つて来たんです。僕達は云ひ合せたやうに、
「わツ、」
 と云つて夢中になつて駈けだしたんです。
 これは私の家へ遊びに来る学生の一人から聞いた話です。その学生は提灯を手放したことが残念だと云つてゐました。



底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
   2003(平成15)年10月22日初版発行
初出:「黒雨集」大阪毎日新聞社
   1923(大正12)年10月25日
入力:川山隆
校正:門田裕志
2009年8月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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