辺が一層暗くなってきた。杜陽はおどろいて梢のほうを見た。陽が暮れて碧い空が燻《くす》ぼり、山の尖りももう見えなかった。其処には一つの石が犬の蹲《うずくま》ったように朽葉の中から頭をだしていた。彼はその石へ崩れるように腰をかけた。
 風が凪いでしまって渓河《たにがわ》の音が耳についてきた。杜陽は起きあがった。彼は其処にいるにしても猛獣毒蛇の恐れがあった。往くとしたなら猛獣毒蛇の恐れのうえに断崖絶壁の恐れがあったが、しかしそれには径《こみち》を見つけ、人家を見つけるという万一を僥倖せられないこともなかった。
 杜陽はとぼとぼ朽葉の上を踏んで往った。燈の光のような光がちらちらと樹の間から見えた。赤味を帯びたほっかりしたその光は、燈の光より他の光ではないと思った。彼は甦ったように喜んで歩いた。
 林の樹はすぐなくなって燈の光がはっきり見えてきた。其処は四辺がきれいに開けていた。燈の光は其処に人家の塀らしいものをぼんやりと映しだした。
 杜陽は真直に歩いて往った。大きな邸宅の門が見えて、その燈の光の出ている門傍の小座敷もはっきり見えてきた。彼は行商をして往き暮れて時どきそうした家へ宿を取っている
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