命《いのち》がない、残念だが早く逃がすがいい、ぐずぐずしていちゃ大変だ」
女は顔に袖をやって泣きだした。杜陽はこの時思うさま封生を罵ったので、いくらか胸がすっきりして引返してきたところであった。主人はそれを見て言った。
「君は、此処にいちゃ大変だ、もう何と思っても取りかえしがつかない、早く此処を逃げるが宜いだろう」
杜陽は封生と喧嘩した位で自分を去ろうとする主人の心が冷酷に思われた。
「あんな者と喧嘩した位で、私を去ろうとなさるのは、ひどいじゃありませんか、封は実に怪しからん奴ですよ、あれの室で裸になるものですから、私が戒めると私を侮辱するものですから、こんなことになったのです、罪はあの封にあります、もし封が自分の罪をさとらないで、まだ何かするようであったら、私が一人で相手になります、決して皆さんに御迷惑はかけません、どうか私に任しておいてください」
「いや、それは、君がいいことは判っている、判っているが、あの男が一度怒ったなら、この山の者が束になって往っても、どうすることもできない、山を走り巌を飛ぶことは君にはできない、君は封の相手にはならない、もうしかたがない、早く帰るが宜い、
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