るので腰をぬかさんばかりに駭いた。僕は僕で主人の室へ往ってみると主人がいないので、さがしてみたが杳として手がかりがなかった。そこで船頭は舟を出そうとしたが纜《ともづな》の結び目が解けないので、とうとう僕といっしょにおることにした。
二箇月すぎてから魚はふと帰りたくなった。そこで竹青に言った。
「いつまでもこうしていると、親類にも忘れられてしまうし、それにだいいち、お前は私と夫婦になってるが、一度も私の家を見ないというのはいけないよ」
竹青は言った。
「私は漢陽にいなくてはならないから、とても往けないですが、たとい往くことができても、あなたのお宅には奥さんがおありでしょう、私をどうなさるのです、それより私を此所に置いて、別宅にしたほうがよくはありませんか」
魚は道が遠いのでとても時どきはこられないと思った。
「漢陽は遠いからなあ」
女は起って往って黒い衣服を出してきて言った。
「あなたがいつか着ていた着物があります、もし私を思ってくださるときには、これを着てください、此所へいらっしゃることができるのです、いらしたら私がお脱がせします」
そこで珍しい肴をこしらえて魚のために送別の
前へ
次へ
全11ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング