宴をはった。そのうちに魚は酔って寝たが、眼を醒してみると舟の中に帰っていた。見るとそれは洞庭のもとの舟を泊めた所であった。船には船頭も僕もいた。皆顔を見合わしておどろいた。船頭と僕は魚の往っていた所を訊いた。魚は喪心していた人のようにわざと悲しそうな顔をして驚いてみせた。
 枕もとには一つの包みがあった。開けてみると女のくれた新しい衣服、履《くつ》、襪《くつたび》など入っていた。黒い衣服もその中に入れてあった。また繍《ぬいとり》をした袋を腰のあたりに結えてあったが、それには金が一ぱい充ちていた。そこで南にむかって舟をやり、前岸《かわむこう》に着いて、船頭にたくさんの礼をやって帰った。
 魚は家へ帰って二三箇月したが、ひどく漢水の竹青のことが思われるので、そこで、そっとかの黒衣を出して着た。すると両脇に翼が生えて、空に向ってあがって往くことができた。そして二ときばかり経つと、もう漢水へ着いたので、輪を描きながら下の方を見た。小さな島の中に一簇《ひとむら》の楼舎があった。魚はそこへ飛びおりた。侍女の一人がもうそれを見ていて大声で言った。
「旦那様がお見えになりました」
 間もなく竹青が出てきて、皆に言いつけて黒衣の結び目を緩《ゆる》めさした。と、羽がはらりと脱げたようになった。魚は竹青と手を握りあって家の中へ入った。竹青は言った。
「いいところへいらしてくれました、もう今明日にも生れそうなんですよ」
 魚は冗談にして言った。
「胎生《たいせい》かね、それとも卵生《らんせい》……」
 竹青は言った。
「私、今、神になってますから、骨も皮も、もうかわっているのですよ」
 二三日して果して竹青はお産をした。児《こども》は厚い胎衣《えな》に包まれて生れたが、ちょうど大きな卵のようであった。破ってみると男の子であった。魚は喜んで漢産《かんさん》という名をつけた。
 三日の後、漢水の神女が集まってきて、衣服や珍しい物をいわってくれた。皆綺麗な女ばかりで、三十以上の者はなかった。いっしょに室の中へ入って嬰児《あかんぼ》のいる榻《ねだい》の傍へ往き、拇指で嬰児の鼻をなでて、増寿《ぞうじゅ》という名をつけた。
 皆が帰った後で魚は竹青に問うた。
「あれは皆なんだね」
 竹青は言った。
「皆、私の朋輩《ともだち》ですよ、いちばん後ろにいた蓮の花のように白い着物を着たのは、漢皐台《かんこうだ
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