んだ晩であった。王は女といっしょに庭前を歩いていた。王はその時ふと思いだして聞いてみた。
「あの世にも城や家があるだろうか」
「ありますとも、立派なお城も屋敷もございます」
「それは此処から遠いだろうか」
「なに、此処から僅かに三四里でございます、だがこの世とは、夜と昼とが違っております」
「私にも見えるだろうか」
「見えますとも」
「見えるなら見たいものだな」
「では、まいりましょう、いらっしゃい」
女はもう月の下を風に吹かれる雲のようにひらひらと歩いて往った。王もその後から随《つ》いて往ったが、女の足が馬鹿に早いので追っつけなかった。そして、やっと女に追いついたかと思うと女は立ち止まった。
「もうまいりましたよ」
王は眼を開けて前《むこう》の方を見たが何も見えなかった。
「私の眼には、何も見えない」
「見えるようにしてあげましょう」
女の小さな指が両方の瞼にきたかとおもうと眼がはっきりとした。王は眼が覚めたような気で前の方を見た。其処は広い街の上で、左右には塀が並んでいた。たくさんの人がその街の上を往ったり来たりするのも見えた。王はあの世もこの世も別に変ったことはないとおもい
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